東京高等裁判所 昭和42年(う)883号 判決
被告人 安田陽一
〔抄 録〕
原判決挙示の証拠によれば原判決摘示の犯罪事実を認めるに十分であり、一件記録を精査し、且つ当審における事実取調の結果にかんがみても、原判決の事実認定に所論のような過誤はなく、また、原判決に道路交通法の解釈適用を誤つた違法があるとも認められない。道路交通法第四十二条にいう交通整理の行なわれていない交差点であつて、「左右の見とおしのきかないもの」とは、あらかじめ左右の安全確認が十分になしえないものをいい、当該交差点に入る前の段階において、建造物その他道路の状況により、その車両等が進行している道路に交差する道路の左右の見とおしのきかない場合がこれに当るものと解すべきことは、原判決の正当に説示するとおりであつて、原審証人三宮忠夫の供述に記録及び当審における事実取調の結果をも参酌して考察すれば、本件交差点は中原街道方面から洗足駅方面に至る幅員約七メートルの歩車道の区別のない舖装道路が昭和医大方面から北千束方面に至る幅員六・四ないし五・八メートルの歩車道の区別のない舖装道路と概ね十字状に交わる交差点であつて、本件当時も交通整理は行なわれていなかつたこと、被告人は中原街道方面から洗足駅方面に向けて進行したのであるが、本件交差点の存在自体は約四十メートル手前から確認できるものの、交差点手前約十五メートル附近から交差点に入るまでの間、進行方向右側には石垣の上にブロツクを積み上げた高さ約二・四メートルの塀が、また進行方向左側には高さ約一・九メートルの石垣が夫々道路沿いに続いていて左右の視界を遮つており、わずかに、交差点入口の左右の隅に当る部分に角切りが施されていて、交差する道路の左右の見通しを幾分助けているけれども、中原街道方面から洗足駅方面に至る道路の中心線辺りを進行するかぎり、交差点中心の手前十メートル(交差点入口の手前約五メートル)の地点における左右の交差道路中心線に対する視認可能距離は、右方道路について交差点中心から九・三メートル右方(本件交差点の昭和医大寄り側端から約五・三メートル右方)、左方道路について交差点中心から七・五メートル左方(本件交差点の北千束寄り側端から約四メートル左方)に過ぎず、左右道路の中原街道寄りの側線にいたつては、交差点内に入らなければ全く視認することのできない状態であつて、自動車を運転して進行する道路の見通し状況としては極めて不十分であり、あらかじめ左右の安全の確認が十分になしえないことが認められるから、本件交差点が前記法条にいわゆる交通整理の行なわれていない交差点であつて左右の見とおしのきかないものに該当することは明らかである。ところで、本件交差点において昭和医大方面と北千束方面とを結ぶ道路には、該交差点の入口の道路各左側端に公安委員会による「一時停止」を表示する規制標識が立てられていたことは所論のとおりであるが、道路交通法第四十三条によれば、かかる一時停止の規制は該道路を進行して該交差点に入ろうとする車両等に対する規制であつて、該道路を通行する歩行者にはその効力が及ばないのであり、同法第四十二条が車両等の運転者に対し、交通整理の行なわれていない左右の見通しのきかない交差点において徐行すべき義務を科しているのは、いうまでもなく出合い頭の接触ないし衝突等の事故の防止を目的とするもので、かかる事故の危険は単に車両相互間だけでなく車両と歩行者との間にも存するのであるから、たとえ進行方向と交差する左右の道路に一時停止の標識が存する場合であつても、そのため同法第四十二条所定の徐行義務が免除されるものではない。しかして、道路交通法にいう徐行とは、直ちに停止することができるような速度で進行することをいうのであるが、所詮は個々の場合における具体的状況に応じ、交通の危険を十分防止し得る程度に減速して進行することを意味するものと解すべく、前認定にかかる本件交差点の地形、交差する各道路の幅員、左右の見通し状況等のほか、被告人の運転した車両は全長二・九メートル、全幅一・三メートルの軽四輪自動車であつて、車体先端部から運転者の通常の姿勢における顔面の位置までの距離が一・四五メートルであること、その進行した道路には公安委員会の設置した標識により最高三十キロメートル毎時の速度規制がなされていたこと等、記録及び当審における事実取調の結果に現われている諸般の状況を参酌すれば、右道路と交差する左右の道路に本件交差点において一時停止の道路標識が設置されており、且つ、被告人が右交差点を通行したのが日曜日の午後二時過頃で人通りのない時刻であつたとしても、本件において被告人が前叙徐行義務を尽したといいうるがためには、毎時十キロメートル以下の速度で進行すべきが相当であつたものと認められるのであり、被告人が該道路における最高制限速度である三十キロメートル毎時の速度で本件交差点を進行したことを目して道路交通法にいう徐行をなしたものに該当すると主張する各所論は、独自の見解であつて採用に値いしない。
(栗田 沼尻 近藤)